思い 25

先週、ǸHKの日曜美術館を見たのをきっかけに日本画家、西田俊英展を見るため武蔵野美術大学の鷹の台キャンパスに出かけました。

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私はかって詩人、思想家であった、山尾三省の最初のパートナー順子さんと知り合いでした。彼女はかつて武蔵野美大の学生でした。

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順子さんは彼の生き方に寄り添いながら子供を育て洋画を製作し、しまいには若くして4児を残し屋久島で果ててしまいました。自分の若い時を思う度、彼女への思いが浮かびましたが、彼女は余りにも三省さんと共にあり、近かづけなかったのです。30才以後会うことがなくなっておりました。後に、一度は屋久島にいき、そっと彼女を偲んでみたかったと思っておりました。

ここにきて全く異なった感性で同じインドと屋久島を愛した西田俊英と山尾三省を思いました。そして、西田俊英氏が愛された今の屋久島の作品を通して私なりの深い瞑想を持てたことは幸せな時間でした。

西田氏の作品はスケールが大きく、何処までも繊細緻密、幻想があふれ圧倒されました。作品への情熱、日本画の技巧の駆使、見応えがありました。彼の熱意の継続、伝統のうえに立っておられる確かな位置も思われました。

思い24

この頃自分の考え方の基になってきたものを確かめています。青春期から疑問視し、どうしてもなじめなかった両親の生き方、親族との関係から始まっていたものです。そこを離れ、個として生きるための抗いに多くのエネルギーを使いました。84才の自分は時代的にも変化の激しい時間を経ることになったと強く感じています。

今は以前にも増して様々な生活感を持った方がおられるようです。それだからと言って差異を盾にして生きることに疑問も感じています。一方では大多数のコモンセンスというか常識の中で多くのことが成り立っている訳です。そして、常識の中に存在することに憧れを持っている自分もいます。よくよく解ろうすればするほど感性の異なりや生体の違いは基本としてどうしようもなくある訳です。

こんなことを感じていた時、ぴったりとはいかなくも朝井リョウ著『正欲』(新潮社)を読みました。スマホ時代の現代の世相が年寄りにも解りやすく、このような広い繋りが起こりうるのだなって感心いたしました。

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ユーチューブによって個人の好みが公表される時の意外な波紋に大変な驚きを感じました。法の規制も時代の変化に伴ってどんどん変わっていくこと、それに伴って締め付けも起こっている等もですが、仕向け方によっては幼い子たちが安易に興味を持ち、強く魅かれて無邪気にバーチャルな世界に溺れてしまうことにも恐れを感じました。

こんなに簡単に外部と無防備に繋がってしまうことにもですし、それを一部の大人が大人の好みとして取り込み楽しみ、搾取することもありうるこということにもです。実にそれぞれが感性を大切に自由に生きるのが難しいと感じます。

多様性を尊重しながらお互いが無関心ではない形でつながることについて、どう考えたら収まりがつくのか今心は定まらない状態になっています。先に書いた宇佐美りん著『推し、燃ゆ』と同時に今という時代の問題を的確に文学として扱っているようで私としては見事だなって感心いたしました。

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勿論知人の中に何人かはこういうの読みたくないってはっきり言われる方もおられ、そんな風に避けたい感性を時間をかけ、しばらくあれこれどのような立場でなのかを考えました。感性への考え方が多少広がったと思います。

思い 23

自分もですが、自分の見たくないものは見ないでスルーしてしまうという事は多くあります。でも現実、かつ客観的にみて事実起こりそうなこと、在りそうなことには目を向け深追いしたいです。朝日の読書の欄に今週、週刊ベスト10の1位になっていた『推し、燃ゆ』宇佐見りん著を何人かで読みあったのですが、もっと、もっと深追いしたい心持ちが、重たく残りました。

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今、学校教育に乗り切れなかったり、働く方向に向けないグレーゾーンの人がかなりの数いるようです。それについてどの様な状況故かを考えるのは、とても理解は難しく困難であるにしても、大いにありだと思うのです。強く能力に限界のある一人として、一人一人のあらゆる面での異なりに関心を持つことが第一歩かと感じます。学ぼうとしたら、最近は書かれたものも沢山あるようです。

しかし、こうした人は自分も含めてですが、生活へのエネルギーの向け方が一人ひとり異なっています。それは一人ひとり持つ脳神経の働きの違いらしいです。脳神経の感受性がどうも定型発達のようではないようなのです。五感がある部分敏感すぎたり、鈍感だったりするんです。IQとは関係ない成熟しない部分があり、不自然さと困難さが生まれるようです。育ってない部分がある訳ですから、要求されてもできないのです。

ところが、元来無理があっても普通らしく振舞うことを求められます。苦手に合ったように順序立てて生活させてもらって育つか、『推し、燃ゆ』の主人公のように追い詰められて少しずつ気づくしかないのかと思ったりしております。育ちの強く遅れていることが部分的でなかなか分かりにくいし、共生しにくいです。熱心に出来ることもあるわけですから周囲は理解しにくいですから、共に暮らす家族は大変です。

知人で、早くからお子さんの身辺自立に力を入れ、今そのお子さんはグループホームで生活している方がおられます。当初はこんなに早く決めてよいのかと思ったこともありましたが、今となってみるとああ、あれで良かったんだなと思っています。

読書について その23

最近の芥川賞受賞作市川沙央著『ハンチバック』(文藝春秋社)を読んでみました。

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自分としてはあまり文学作品として読むのが得意でないので、若い女性のケアと性に考えが向いていきました。どのような立場にも生きている限り性の感情が大なり小なり在ることを改めて確認しました。一人ひとり異なった感情と共にです。性を貶めたりタブー視したい人もいますが、フロイトフーコーの理論ではないですが、誰にも基底にあるものとして大事に認めたいです。

ノンフィクションですが渡辺一史著『こんな夜更けにバナナかよ』(文春文庫)の中の鹿野氏を思い出していました。

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主人公の経済的背景は大違いですが。年寄りにとっての不明のカタカナ言葉が文章にあってスマホの世話になってもはっきりしないこともありました。

最近のセックスに対する考え方、価値の取り方を世代間の違いの中に在るのかと見ています。でも、どの様にこの事柄を変化としてみるべきか、自分が気がつかないかないだけで、ある意味では大きくは変わっていないのかもしれないのかなーと考えたりしています。

思い 22

なぜ自分がケアに拘るかと言えば親子関係にあったと思われます。

以前ベストセラーになった篠田節子の『長女たち』(新潮社)のようにです。違ったのはあまり豊かではない地方の教師の家庭で末っ子で育ったことです。

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母の扱いが難しかったので、兄姉は母の老年期を介護するのを諦めたので引き受けることになった訳です。当時は介護サービスが始まったばかりの頃でした。介護は10年程続き後半は大腿骨骨折で寝たきりになり、施設に入ってもらったのです。私と異なって他人の中で暮らすことに抵抗なかったので助かりました。

その後、主人が遺言執行者になったので、義理の独り身の弟の終末期と埋葬や法事の世話をしました。弟に癌が判明し余命2か月と告知され、本人も共に本当にうろたえるばかりでした。当時54才なっておりましたが意志表示をあまりしない人であったため、本当に苦心いたしましたが、抗がん剤治療を始めた中ようやく公正証書遺言を作ってもらいました。その時分、主人には、弟、妹が2人おりました。公正証書があったために彼の意思を確かめられ、本当に事務手続きが早く進みました。そう言ってもまだ現役であったために対応することは沢山あり、費用の流れについては元銀行員だった方に契約して決算報告の作り方を指導していただきました。

義弟であったため依存されるのがとても難しい立場になりましたが、痛みと孤独のために苦しんでいたこともあり、頼られれば夜はずっと付き合うことになりました。それでも抗がん剤を継続できなくなり、モルヒネ投与されながら弱っていく様を見るのは辛かったです。入院していたのでお見舞いはオープンにいたしましたし、大勢で看取ることが出来たことは幸いでした。とは言え後始末は周囲の様々な思惑と感情に見舞われ、嫌な思いもしました。

ずっと感じていることは制度と法律の知識がケアをするのに欠かせないものであることです。このところはケアに関する詳しいことが書かれた著書が出ていることはとても理解するのに助けになります。知識を得よう思えば方法は沢山あるようです。

最近発売のプレジデント2023年9月号『介護とお金の新常識』は図解で示されていて理解しやすかったです。片付けの話まで載っていて行き届いていました。

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片付けのページの便利屋は事前計画と見積を取って店の対応を知ることが大切だと使ってみて感じてます。良心的な対応のところを覚えていてまた助けてもらいたいと感じてます。   

思い 21

ASDなおばあさんは自分のポジションを生かそうと未だ学び中です。自分が辿ってきた幼稚で単純で失敗の多い一人よがりに過ごした時間を振り返っています。何しろ発達障害と幾十年も共にいるのですから、それを整理しています。

この一人ひとり異なった出方のある偏りのある一人であることは、幼い頃から失態の度にそれとなくは感じてはおりました。時には異なりによって生かされて来たこともあります。またある部分では苦しみ迷い、コントロールが効かず、はた迷惑であったことです。この頃漸くメンタルヘルスや死について雑誌などでも話題にされるようになりましたが、こうした話題はできなかったし、今も話しにくいです。

中央公論 23,5月号の櫛原克哉氏の『繁茂するメンタルクリニック』にあるように診断によって救われない方も大勢いることをとても残念に思います。診断によって失望し再出発できず自死に至るケースもいくつかあるようで、告知は難しいことです。診断に合った援助が周囲に望めない現状があります。個人が一人の人格を持った一人の存在であるとゆう肯定感が持ちにくいです。

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自分も有用になりたいですが、強引には社会化できないのを身をもって感じてます。周囲や制度は適応を求めているのですが合わせるのが下手です。言わずもがなの含みや、タブーを理性的に処理するのが弱いです。

自分も含めてなんですけど当事者が穏やかに生きていくにはそれぞれの工夫が必要です。若い方の場合IQが高いと理解されず苦しむことが起こったりするようです。

思い  その20

暑い夏、避暑地などに縁のない年寄りは読書で気分転換です。それにつけてもロシアのウクライナ侵攻をニュースで見てロシアの情勢を知りたいと思いながら、今まで読んだ数少ないロシア文学と、どう現状を繋げてよいか見当がつかなかったのです。

昨年出版された増補版『亜鉛の少年たち』(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ著、奈倉有里訳 岩波書店 )を読んでみましたが、50ぺージ程でいったんギブアップしてしまったのです。

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登場人物のよって立つ場所の違い、生き方の心情、建前の異なり、うちにある悲惨、残酷、無残。 4,5日間どうしたら読み通せるか解らず据え置きしていました。このままでは図書館への返却日がきて生嚙りになってしまう。これでは自分の悪い癖になってしまうと考え、それでこの翻訳をした方の本を探したわけです。

そこで2021年に出た『夕暮れに夜明けの歌を-文学を探しにロシアに行く』(奈倉有里著、イースト・プレス)を読んだのです。

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今度は訳者がどの様な学びをしてどのような青春時代があったか人柄のアウトラインが私にも真摯なほのぼのとした文章を通して分かったのです。日本で初めてモスクワ文学大学を卒業なさった方だとも知りました。

東側の人情、政治、体制を何年かの留学と人的交流で深く理解しておられたのです。40代になられたばかりなのにあの膨大な著書を訳す熱意に対して自分はなんとあやふやな構えであったかと感じられました。その後に読む『亜鉛の少年たち』に出てくる社会主義体制の中で暮らす人々の捉え方が少し変わりました。

読み続けていくうちに戦死者の国際友好戦士の母等がアレクシェービッチを提訴しベラルーシミンスク中央裁判所で審理されるところまで読んでまた立ち止まってしまいました。まだ先は100ページほどあります。頑張って審理の記録を読んでいるうちに異なった考慮すべき主題が立ち現われ、ドキュメンタリーを扱った小説の困難さを思い知らされたのです。事実にちかい物事であっても例え知らなければ前に勧めない事柄であってもです。真実に近い物事を苦心して伝えてくださるのを何とか一部分でも自分の胸に収めたいと思いました。

30年ほど前に故三浦みどり訳で出版されていて裁判の記録はなかったようですが今回裁判記録が読めたことで東側の体制について考えるチャンスになりました。

現在の日本では想像が難しい体制の国々の文化や異なりを少しだけ考えてみました。少なからず影響を受けて生活があるのに進攻が長引くに連れ実感が薄れるのが怖いです。